もう10月も終わりだというのに

やっと触れてみましたよ

#8月31日の夜に。

 

#8月31日の夜に。本編を見事に見逃しまして、再放送も(あったのかな?)見逃しまして。

 

そんな8月31日の夜を過ごしたわたくしですが、今月半ばにハートネットTVチエノバにて反響編が放送されてまして、予約録画したのよね。

 

それをやっとこんな雨降りの暗い土曜日に電気も点けずに観ましてん。

 

画面下に流れるTwitterの言葉とかも読みつつ、色々考えさせられましたわ。

 

わたくしは小学校の高学年辺りから不登校になりまして、中学校も手で数えられる程度しか登校してません。

 

小学校の時、クラス内で順番にイジメが回ってきたことがありましてね(笑)

 

謎の現象ですわ。

 

昨日まで笑って一緒に帰っていた子が、今日おはようって声をかけたら無視。

 

 

次の月曜になったらなぜか普通に話しかけられて他の子が無視されている。

 

謎過ぎる。

 

そんな謎が気持ち悪いのと、元々集団生活に馴染めなかったのとで学校自体が嫌いだった。

 

勉強がイヤとかそんな事は特に無く、でもクラスの人達が嫌いでセンセイも嫌い。

 

だから『行かない』を選んだ。

 

小学校の内は行ったり行かなかったりだけど、中学校はもう本当に数えられらるくらいしか行ってない。

 

 

家には親が連れ込んだ気持ち悪い奴が住み着いている。

 

家にもいたくない。

 

すべてが気持ち悪くて死にたいっていうか、消えたかった。

 

実は自分なんて存在してませんでしたーみたいなオチだったらいいのにとか、そんな事をずっと思っていた気がする。

 

家にいる時は自室のドアが空かないように工夫したりして、顔を合わせないように親と生活リズムを真逆にしてたっけ。

 

 

地元から出て友人と暮らしていた事もある。

 

その子の家庭環境もややこしくて、自分がバイトから帰る度に部屋の床が彼女の自傷の跡まみれなんだよね。

 

なんかいつの間にか仕事終わって友人あやして、床の血だまりを拭き取るのが日課になりつつあった。

 

その頃からかな

何をしててもポッカリ穴が空いてる。

 

学校からは逃げ切った。

 

嫌いな家でも割り切ったし、そんな家も出た。

 

自由を感じる筈なのに自由な気がしなかった。

 

なんかポッカリ空いてて、なんかモヤッてしていて、そんなのがまた気持ち悪くて。

 

だけど誰にも相談出来なかった。

 

弱いところを見せたら負けだと思ってた。

 

そんな気持ち悪さを持ったまま生きて、何が楽しいのかって思ったら死にたくなった。

 

#8月31日の夜に。で取り上げられている死にたい気持ちや逃げる恐怖みたいなものから遠ざかってる筈なのに死にたかった。

 

なんやかんやあって地元に戻ってきて心療内科を受診して今に至るけれど、もうそろそろいまの病院に受診し始めて10年経つのにまだ薬飲んでる。

 

ポッカリ空いてる気がしてならない穴も未だ塞がってないよ。

 

だけど、死にたい消えたいって想いの感じ方は変わった。

 

昔は漠然と死にたかった、消えたかった。

 

今はいつ死んでも大丈夫なように部屋を綺麗にしておこうとか、親がパニックにならないようにどうしておこうとかって考えが先に来る。

 

多分これは歳をとった証だな(笑)

 

なんだかんだ生きてきて、いろんな人に出会って、いろんな事に触れてきた今だから感じ方が変わったのかな。

 

今10代の人たちはまだまだ辛い日々が続くだろう。

 

でもね、なんだかんだ選択の繰り返しをして生きていくと死にたいの感じ方が変わるし、生きたいに変わるかもだし、早まらないでほしいなって思う。

 

そんなに生き急いでどうすんのって。

 

いつか人は必ず死ぬ。

 

だから焦って死ななくていいじゃないって思う。

 

昔は自分はみんなと違って初めから持ってる手札がすべてジョーカーな気がしてた。

 

統合失調症の母ひとり

父親の顔も覚えていない

知らないおっさんに暴力(虐待)を受ける

(この記憶には未だに縛られてる) 

その上貧乏。

 

10代の時はその手札をチェンジすることが出来るって知らなかった。

 

でもね、出来てたみたい。

 

選択の連続の中で持っていた手札を交換しまくっていたんじゃないかと今思う。

 

クソ以下だと思っていた親も入院を期に徐々にだけど普通に近付いてきた。

 

今もてんやわんやしながらだけど、昔のように殺してやろうと思ったりはしなくなった。

 

いろんなタイミングで手札をチェンジしている事、その時には気が付かないけど10年くらい経ったら気付く気がする。

 

だから#8月31日の夜に。のHPと動画、ハートネットTVを観て思ったんだ。

 

どうせいつか死ぬんだから急がないで。

 

絶望するにはまだ早い。

 

死にたい気持ち抱えてて良いから生きてみてほしいなって切に思ったよ。

 

ちなみに一緒に暮らしていた子は今、あんなに深く切り刻むようにしていた自傷行為も無くなって出会った頃のように笑顔で過ごせているらしい。

 

#8月31日の夜に。は、10代の人たち(主に学校に行きたくない・生きたくない)のために企画されたモノかもしれない。

 

でもそんな10代を過ごしてきたオトナと呼ばれる部類の人達にとっても、色々考えさせられたり昔を思い出させられたりした番組・企画だなと思いましたわ。

 

当事者にも観てほしいし、世のオトナたちにも観てほしい。

 

というか、知って欲しい。

 

みんなの精一杯のSOSがここに集ってる。


#8月31日の夜に。 - NHK ハートネットTV

参考までで良いから知って欲しいですね。

 

 

 

それとね、この番組のおかげで嬉しい事があったんだ。

 

 

 はてなブログという果てしなく広いネットの世界で出会った男子(元)高校生が勇気を出して言葉にした想いをやっと聞けたのだ。  


「あしたが来るから死にたい」 | #8月31日の夜に。 - NHK ハートネットTV

それが一番嬉しかった。

 

ブログは声が聞こえない。

 

言葉のニュアンスも文書じゃ伝わらない事も多い。

 

だからこそ、その口から発した言葉をこうして聞くことが出来たのが嬉しかったし、その子が今も生きていて今日もきっとブログを更新するのだろうと思うとニヤけちゃうね。

 

見守る事が出来る限り、私は彼のブログの読者でいようと思いましたわ。

 

『がんばれ』とは言わない。

 

ただ、『たのしんで』って言いたい。

 

楽しんで夢を追いかけておくれー。

 

少年よ大志を抱けって、いい言葉ね~

なんて、初めて思ったわw

 

 そんなこんなで10月の終わりに夏の終わりを感じてみました。

 

 

 

それにしてもお腹空いたな(´-`).。oO