2017年10月

#8月31日の夜に。

もう10月も終わりだというのに

やっと触れてみましたよ

#8月31日の夜に。

 

#8月31日の夜に。本編を見事に見逃しまして、再放送も(あったのかな?)見逃しまして。

 

そんな8月31日の夜を過ごしたわたくしですが、今月半ばにハートネットTVチエノバにて反響編が放送されてまして、予約録画したのよね。

 

それをやっとこんな雨降りの暗い土曜日に電気も点けずに観ましてん。

 

画面下に流れるTwitterの言葉とかも読みつつ、色々考えさせられましたわ。

 

わたくしは小学校の高学年辺りから不登校になりまして、中学校も手で数えられる程度しか登校してません。

 

小学校の時、クラス内で順番にイジメが回ってきたことがありましてね(笑)

 

謎の現象ですわ。

 

昨日まで笑って一緒に帰っていた子が、今日おはようって声をかけたら無視。

 

 

次の月曜になったらなぜか普通に話しかけられて他の子が無視されている。

 

謎過ぎる。

 

そんな謎が気持ち悪いのと、元々集団生活に馴染めなかったのとで学校自体が嫌いだった。

 

勉強がイヤとかそんな事は特に無く、でもクラスの人達が嫌いでセンセイも嫌い。

 

だから『行かない』を選んだ。

 

小学校の内は行ったり行かなかったりだけど、中学校はもう本当に数えられらるくらいしか行ってない。

 

 

家には親が連れ込んだ気持ち悪い奴が住み着いている。

 

家にもいたくない。

 

すべてが気持ち悪くて死にたいっていうか、消えたかった。

 

実は自分なんて存在してませんでしたーみたいなオチだったらいいのにとか、そんな事をずっと思っていた気がする。

 

家にいる時は自室のドアが空かないように工夫したりして、顔を合わせないように親と生活リズムを真逆にしてたっけ。

 

 

地元から出て友人と暮らしていた事もある。

 

その子の家庭環境もややこしくて、自分がバイトから帰る度に部屋の床が彼女の自傷の跡まみれなんだよね。

 

なんかいつの間にか仕事終わって友人あやして、床の血だまりを拭き取るのが日課になりつつあった。

 

その頃からかな

何をしててもポッカリ穴が空いてる。

 

学校からは逃げ切った。

 

嫌いな家でも割り切ったし、そんな家も出た。

 

自由を感じる筈なのに自由な気がしなかった。

 

なんかポッカリ空いてて、なんかモヤッてしていて、そんなのがまた気持ち悪くて。

 

だけど誰にも相談出来なかった。

 

弱いところを見せたら負けだと思ってた。

 

そんな気持ち悪さを持ったまま生きて、何が楽しいのかって思ったら死にたくなった。

 

#8月31日の夜に。で取り上げられている死にたい気持ちや逃げる恐怖みたいなものから遠ざかってる筈なのに死にたかった。

 

なんやかんやあって地元に戻ってきて心療内科を受診して今に至るけれど、もうそろそろいまの病院に受診し始めて10年経つのにまだ薬飲んでる。

 

ポッカリ空いてる気がしてならない穴も未だ塞がってないよ。

 

だけど、死にたい消えたいって想いの感じ方は変わった。

 

昔は漠然と死にたかった、消えたかった。

 

今はいつ死んでも大丈夫なように部屋を綺麗にしておこうとか、親がパニックにならないようにどうしておこうとかって考えが先に来る。

 

多分これは歳をとった証だな(笑)

 

なんだかんだ生きてきて、いろんな人に出会って、いろんな事に触れてきた今だから感じ方が変わったのかな。

 

今10代の人たちはまだまだ辛い日々が続くだろう。

 

でもね、なんだかんだ選択の繰り返しをして生きていくと死にたいの感じ方が変わるし、生きたいに変わるかもだし、早まらないでほしいなって思う。

 

そんなに生き急いでどうすんのって。

 

いつか人は必ず死ぬ。

 

だから焦って死ななくていいじゃないって思う。

 

昔は自分はみんなと違って初めから持ってる手札がすべてジョーカーな気がしてた。

 

統合失調症の母ひとり

父親の顔も覚えていない

知らないおっさんに暴力(虐待)を受ける

(この記憶には未だに縛られてる) 

その上貧乏。

 

10代の時はその手札をチェンジすることが出来るって知らなかった。

 

でもね、出来てたみたい。

 

選択の連続の中で持っていた手札を交換しまくっていたんじゃないかと今思う。

 

クソ以下だと思っていた親も入院を期に徐々にだけど普通に近付いてきた。

 

今もてんやわんやしながらだけど、昔のように殺してやろうと思ったりはしなくなった。

 

いろんなタイミングで手札をチェンジしている事、その時には気が付かないけど10年くらい経ったら気付く気がする。

 

だから#8月31日の夜に。のHPと動画、ハートネットTVを観て思ったんだ。

 

どうせいつか死ぬんだから急がないで。

 

絶望するにはまだ早い。

 

死にたい気持ち抱えてて良いから生きてみてほしいなって切に思ったよ。

 

ちなみに一緒に暮らしていた子は今、あんなに深く切り刻むようにしていた自傷行為も無くなって出会った頃のように笑顔で過ごせているらしい。

 

#8月31日の夜に。は、10代の人たち(主に学校に行きたくない・生きたくない)のために企画されたモノかもしれない。

 

でもそんな10代を過ごしてきたオトナと呼ばれる部類の人達にとっても、色々考えさせられたり昔を思い出させられたりした番組・企画だなと思いましたわ。

 

当事者にも観てほしいし、世のオトナたちにも観てほしい。

 

というか、知って欲しい。

 

みんなの精一杯のSOSがここに集ってる。


#8月31日の夜に。 - NHK ハートネットTV

参考までで良いから知って欲しいですね。

 

 

 

それとね、この番組のおかげで嬉しい事があったんだ。

 

 

 はてなブログという果てしなく広いネットの世界で出会った男子(元)高校生が勇気を出して言葉にした想いをやっと聞けたのだ。  


「あしたが来るから死にたい」 | #8月31日の夜に。 - NHK ハートネットTV

それが一番嬉しかった。

 

ブログは声が聞こえない。

 

言葉のニュアンスも文書じゃ伝わらない事も多い。

 

だからこそ、その口から発した言葉をこうして聞くことが出来たのが嬉しかったし、その子が今も生きていて今日もきっとブログを更新するのだろうと思うとニヤけちゃうね。

 

見守る事が出来る限り、私は彼のブログの読者でいようと思いましたわ。

 

『がんばれ』とは言わない。

 

ただ、『たのしんで』って言いたい。

 

楽しんで夢を追いかけておくれー。

 

少年よ大志を抱けって、いい言葉ね~

なんて、初めて思ったわw

 

 そんなこんなで10月の終わりに夏の終わりを感じてみました。

 

 

 

それにしてもお腹空いたな(´-`).。oO

奇跡のひと マリーとマルグリット

奇跡のひと

マリーとマルグリット


映画『奇跡のひと マリーとマルグリット』予告篇 - YouTube

観たなっしー。

 

奇跡の人と聞いて思い浮かぶのはヘレン・ケラーかと思いますが、こちらの作品はヘレン・ケラーの話ではありません。

 
f:id:Rxxx13:20171028012848j:image

ーーーーーーーーー
INTRODUCTION
あなたに伝えたい。

言葉の力、世界の輝き、そして生きる喜びのすべてを――。
ふたつの魂が出会い奇跡を起こした、もうひとつのヘレン・ケラー物語
聴覚障がいの少女たちが暮らす修道院に、目も耳も不自由な少女マリーがやってきた。

教育を一切受けずに育ったマリーは野生動物のように獰猛で誰にも心を開かない。

不治の病を抱え余命いくばくもない修道女マルグリットは、残された人生をかけてマリーに"世界"を与えるべく教育係となる。

困難の末ついにマリーが言葉を知る日がやってくるが、二人の別れの時間は目前に迫っていた――。

母のように惜しみなく愛を注ぎ、知識を分かち、命をつなぐ―。

迫りくる死の気配を感じながらマルグリットがマリーに与えたのは「喪う悲しみ」より多くの「生きる喜び」だった。

19世紀末、フランスポアティエ地方に実在したふたりの女性による感動のトゥルー・ストーリー。

 

ーーーーーーーーー

 

ヘレン・ケラーの『奇跡の人』を

観たことがある人は中盤まで

“めっちゃ奇跡の人ですやん”

って思うでしょう。

 

でも最後まで観るとちゃんと違いがわかるので、途中でやめずに観てほしい。

 

冒頭、マリー(視覚・聴覚障害そして話せない三重苦を抱えている)が父親の馬車に揺られて修道院に連れられてくるシーン。

 

とても緑が綺麗な並木道を来るのね。

色鮮やかな木々の隙間から陽が差して、とても綺麗な木漏れ日が映し出される。

 

空に向かって手を伸ばしているマリー。

 

一見、視覚に問題があるように思えない。

 

でも実はその綺麗な木漏れ日は見えていないし、馬車の音も聞こえていない。

 

修道院に到着して父親と少し離れた隙に突然走り出して、修道女の皆さまが作り上げた畑に突っ込んでいく。

 

みんなが

( Д ) ゚ ゚ ←って感じになりつつも止めようとするのだけど生まれてこの方14年もの間、しつけも教育も受けていない野生そのものなマリーを止められるはずもない。

 

マリーは木に登ってしまう。

 

そのマリーを降ろそうとしたのが修道女のマルグリット。

 

彼女は病気で余命いくばくもない。 

 

そんな彼女がマリーに触れた時に、マリーの魂に触れた気がしたらしい。

 

けど目が見えず耳も聞こえないマリーを引き受けるのは無理だと判断した院長は父親にマリーを連れて帰らせた。

 

マルグリットはマリーに触れた感覚が忘れられず、院長に自分が何をどうしても教育すると志願してマリーを迎えに行く。

 

舗装されていない緑しかない道を目視4~5cmのヒールで大きな鞄を持ち歩いて迎えに行くってだけでも大変なのに、彼女は嬉しそう。

 

家に行くとマリーは机の下に隠れていた。

 

マルグリットが近付いて触れた瞬間、これでもかってくらいに大暴れ。

 

そりゃそうよね。

 

私も視聴覚が閉ざされている中で人に触られたら全力で暴れる自信があります!

 

それからなんだかんだあってマリーを連れて修道院に歩いて帰るのだけど、マルグリットはヒールで足が痛いだろうし、マリーは裸足で痛そうなのにそんな素振りしないしでなんかもうとにかく足が痛そうという感想…

 

なんとかして修道院に戻ってきたはいいけど、マリーにどう教育したらいいのか実はよくわかっていないマルグリット。

 

それでも彼女は全力でマリーにぶつかっていく。

 

マリーは全力で抵抗するけれど、それは14年間生きてきて『はじめてだらけ』だからだったのかな。

 

何ヶ月もマルグリットvsマリーの戦いは続いたのだけど、8ヶ月目にしてようやくマリーの『知りたい』の扉が開いた。

 

ぬいぐるみ等には興味を示さなかったマリーが唯一離さないのと母親から預かっていたナイフの名前を何度も何度も手で教えてみる。

 

もうダメだと諦めた時

マリーが『ナイフ』という手の動きをする。

 

そこから『知りたい』が爆発。

 

これは何?

これは?

これは?

 

すぐに覚えるマリーに喜ぶマルグリット。

 

何か一つ出来る度に『うんうん』って頷き、褒める。

 

マリーの知識の成長は止まることを知らず、名前や文法だけでなくローマ字ブロックを手で探って使って自分の名前の綴りも表せるようになり、およそ1年ぶりに会う両親を驚かせた。

 

マリーとマルグリットは魂で繋がり合っていたんでしょうね。

 

マルグリットの体調が悪化した時、マリーには自分の命があと少しだという事を教えたくないと言っていたけど、なんだかんだありまして結局伝えざるえなくなりまして。

 

でも実はマルグリットよりもマリーの方が死を迎える覚悟が出来ていたのですね。

 

マリーは心からマルグリットを信頼し愛した。

 

マルグリットも同じ。

 

『彼女は私の喜び。

私の魂の娘。

私の人生の光だ』

と言っていたのでね。

 

ラストにマリーがマルグリットへの想いをスラスラと手話で伝えるのだけど、もうなんと言いますか…

 

マルグリットの想いがすべてマリーにちゃんと伝わっていたのだと、愛ってちゃんと伝わるのだと思ったら少し心が温かくなったりラジバンダリ。

 

『あなたは私の友人以上でした』とマリーが最後に言うのがもうほんと。じわーん。

 

マルグリットが旅立った後もマリーは修道院に残り勉学に励んだそうです。

 

修道院はマルグリットが居なくても視聴覚共に障害のある子達を受け入れ、教育に勤しんだそうです。

 

きっとマリーの両親も14年間ただ単にしつけや教育をしなかったのではなく、どうしたらいいのかわからず時間だけが経ってしまったのよね。

 

時は19世紀ですよ。

 

どうしたらいい?って聞ける人もなかなかいなかったでしょう。

 

マルグリットに出会えて良かったのはマリーだけでなく、マリーの両親、そしてマリーとマルグリットが起こした奇跡を目の当たりにした修道院の皆さんに繋がることが出来た人々なんだろうなと思うと、やはり人は一人では生きていけないのだなと教えられましたね。

 

どこかで必ず繋がるんですよね。

 

嫌でも。

 

だって21世紀の日本に住む私がこうして映画を通じてだけどマリーとマルグリットに出会えたんですもの。

 

私の周りには視聴覚障害を持った方がいないのでリアリティを感じるのは少し難しい…

けど、今後生きていく上でそういう個性を持った方に触れ合う時が来たならマルグリットのように魂で触れる事が出来るかしら?

魂で触れ合うのは多分難しいけれど、なんかこう…頑張るわ。

 

身振り手振り、頑張るわ。

 

昔、手話を勉強していた事があるのだけど途中でやめたんですよね。

 

何これ難しい!もうやだ!って。

 

今も少しだけ覚えているけれど、実際に誰かに使ったら(or使われたら)テンパってわからなくなるだろうな~。

 

色々な人がいる世の中ですよ。

 

伝えたい事を伝えられる手段のひとつとして、言語のひとつとして当たり前のように使いこなせるようになれたら聴覚に障害のある方も不自由なく生活できるんだよなぁ~とか思うものの

 

やはり難しい。

 

常に紙とペンを持ち歩く?

 

スマホ

バッテリーが無くなったら会話不能よ!

 

んー。

 

もう一度手話のお勉強しようかな。

 

なんて思った作品です。

 

 

 

マリーこと、マリー・ウルタンは

1885年4月13日、

フランスのヴェルトゥに生まれた。


生まれつき目も視えず、耳も聞こえず、10歳までは動物のように食べて遊ぶだけの毎日で妹や両親のことを叩いていた。 
意地悪で犬のようにわめく子どもだった(本人の言葉)。

 

そんな彼女は医師によって精神薄弱と診断され、精神病院へ入るよう勧められるが、樽職人の父はラルネイ聖母学院での教育に望みを託す。


この学院で盲聾の少女の受け入れはマリーが3人目だったが、シスター・マルグリットが献身的に教育を続けた。

 

ヘレン・ケラーにサリバン先生がいたように、マリーにはマルグリット先生がいた。

 

この組み合わせこそがすごい奇跡なんじゃないかと見終わってここに書いている今思う。

 

わたくしにはそんな先生いるかしら?

 

あ、いたわ(´-`).。oO

 

高認を取りたいと言った時に手を貸してくれた先生と、実質教えてあげてと丸投げされた恩師さん(笑)

 

わたくしには2人もいたのだな。

 

うむ。

 

大事にしたい縁ですね。

 

なんてね。

 

 

 

 

ちなみにこの映画の舞台となったラルネイ聖母学院はラルネイ英知会という修道院によって1835年に創設。


もともとは聾唖の少女のための学院だったが、1857年には盲目の少女たちも受け入れるようになり、20世紀初頭には250人の寄宿生を抱える。


その後、男子も受け入れるようになり、
創立から180年を迎えた現在も盲聾の子どもたちへの教育を続けているそうですよ。

 

もうひとつ、ちなみに

 

マリーを演じたアリアーナ・リヴォアールさんもまた聴覚障害をお持ちだそうで。

 

この映画が初めての演技だったらしいですよ。

 

初めてだとは思えないほどの演技、素晴らしかった。

 

そしてアリアーナの人間性といいますか、考え方もとても素敵。

 

アリアーナのインタビュー記事を読むと彼女の人間性が少しわかる気がするかと。


[https://www.google.co.jp/amp/s/www.cinemaniera.com/

 

ヘレン・ケラーとサリバン先生の『奇跡の人』も、マリーとシスターマルグリットの『奇跡のひと』も両方とも色々考えさせられる作品となっているので1度観てみてほしいですな。

 

『奇跡の人』よりテンポも良いので見やすいかな。

 

でも題材が別だからやはり両方観て!!

 

 

 

地道にコツコツ

いや、やっぱりわたしは近道派だわ。

 

地道にコツコツ

出来ることならそうしたい。

 

でも地道にコツコツは向かない。

 

ブログだって続かない人間ですよ。

 

いつも

毎日書いてやるー!

って始めるのに気が付けば月を跨いでるなんてザラにある。

 

そんな近道だいすき魔物ちゃんの最近は、なんだか人間関係ってやっぱクソって思ったり、なんだコイツくそって思ったり色々忙しくしております。

 

 

それにしても雨続きで嫌になっちゃいますね。
f:id:Rxxx13:20171017012220j:image

コタツ出しちゃったよ。

 

こたつ虫にならないように気をつけよう。

 

 

 

 さて、話は変わりまして

 

お局との一悶着

題して

『POPポイッと事件』

 

お局の言い分

POPで発注し過ぎたという旨を書いて恥を晒すな

黙って100コ売れ

てかお前10コくらい買え

こんなPOP捨ててやる

出勤したらごみ箱にPOPがポイッと。

 

 

わたくしの言い分

ハッキリ言ってお局の売り方は古い

POPで恥を晒してるのではなく同情をかって買ってもらうという今どきの作戦。

そして発注ミスをしたスタッフが100コ売りきったという達成感を体験して、結果オーライならそれでいいじゃない。

お局出勤日に合わせて新たにPOP作成

連絡ノートにPOP捨てるな、捨てるならオマエが書けと書き残す。

 

 

書いてる最中に他スタッフから

「この間お局があの商品(発注ミスしたやつ)1個だけ買ってたよー」との情報GET

 

1個かよって気持ちと

1個だけでも買ってくれたなら有難うを言わないとだ、って気持ちとでもやる。

 

そんなモヤモヤを抱えたまま心療内科へ。

 

もちろん話題は仕事の愚痴。

 

もうね、グチしか吐いてないから薬をどうこうしようって話にもならないし、先生もお疲れ様なところなのに愚痴を聞かされて可哀想にね。

 

愚痴ぐらいならいつでも聞くから電話しておいでと番号を頂いたけど、掛ける勇気はありません…•́ω•̀)

 

疲れてるでしょう頃に電話で愚痴聞くなんてもう四六時中仕事になっちゃうじゃんね。

 

それはさすがに可哀想というか、遠慮しなきゃいけないところだ。

 

んで次の日、

ついにお局と同じシフトになった

 

まず

言われる前に

「おはようございます」

「アレ(発注ミスした品)買ってくださったんですね、有難うございます」

「あの日、雨すごかったでしょ?用事済ませられました??(お局がどうしても休みたい日があって、代わりに出勤した日のこと)」

って 

挨拶→感謝→世間話に持っていくことに成功。

 

お局も

「おはようございます」

「あー、美味しかったから」

「あ、お休みの件ありがとう。」

「無事に終わりました」

などなどゴニョゴニョと話してくれたので

まぁこんなもんかと淡々とお互いの仕事を済ませて帰宅。

 

でもなんか帰り道はウキウキしたよ。

 

ホッとしたんじゃなく

ウキウキ。

 

これで当分求人情報を漁らなくて済むっていうのと、なんだかんだ問題を解決することに成功できた事へのウキウキ?

 

よくわからないけれど、そんなもんを感じながら帰ったらもう死んだように眠ってしまったわ。

 

 

そういえばPOPポイッと事件が起きてからずっとお局の事ばっか考えちゃってイライラしたり、泣きたくなったり、ワーッて頭かきむしりたくなったりな日々だったからなー。

 

そりゃ寝ますよね。

 

 

 

でもお局とはいつもぶつかってばかりなので、またすぐ何かあるはず。

 

んで、また求人情報を漁るのだ。

 

んでストレスで死にたくなるとこまでがデフォ。

 

 

そんなわたくしの悩みの種のお局の仕事グッズの一部が、日曜に出勤した時に何故かわたくしのユニフォームに入ってたんですよ。

 

それをお局の目に付くところに

「なぜかわたくしのユニフォームにあったので置いておきますね」とメモ書いて置いておいたら、本日夕方お局からメールが。

 

『ずっと探してたの!見つけてくれてありがとう!』

 

って。

 

 

目を疑ったわ。

 

予想では

次にシフトがかぶった時にお局が覚えていたら「ありがとう」くらいは言われるだろうけど、覚えていなかったらスルーだなって思っていたの。

 

てか感謝も求めていないしね。

 

だってお局のそのグッズ持ってても意味ないし、ふつう自分のものじゃなくて、持ち主がわかってるものならそうするでしょ?

 

だからお礼なんて期待の期の字も考えてなかったから、まさかわざわざメールでお礼言われるとは思わず、メール開くまで

「今度はなんだ?!わたくしなんかまたやってしまったか?」とか考えて一瞬だけ修羅場ったわ。

 

 

でもこういうメールは期待してなかった分、嬉しいものですね。

 

お局もちゃんとお礼言うんだってとこにびっくりなのと、仕事疲れて帰る途中にこれを打ってたんだなと思ったらなんか少しだけ可愛く思えたわ。

 

意外といい所あるんだなーと。

 

いや、いい所はあるんだよ。

 

だけど最近それを感じ取れなかっただけで、忘れていただけで。

 

お互いが自分の仕事に自信を持っているから起きてしまう衝突もあるしね。

 

お局は自分は間違ってない。

お店にとっていいことをしている

そう思ってやってる。

 

わたしもそう。

このお店の客層はこうだから、こんな品を取り入れたら喜んで購入していただけるだろうなとか考えて発注とったり、普段は能面みたいな顔なのに職場ではハキハキ笑顔。

ムスッとしていたらお客様も嫌でしょ?って気持ちでやっている。

 

お局は営業スマイルしないからお客様からよく誤解されるけど、彼女はきっと営業スマイルをする意味がわからないし、彼女がめんどくさいと感じることだからしないんだろう。

 

でもそれをよく思わないのはお客様だけじゃなく、スタッフも思ってる。

 

だからそのぶん、笑顔をって心掛けている。

 

お互いの価値観がまるで違うから理解し合えなくて結果ぶつかってばかりだけど、そんなこんなでも3年一緒にいるんだ。

 

そう思ったら笑えてくる。

 

よくやってんな自分って褒めたくなる。

 

彼女もそんなこと思うのかなとか考えたら、みんなきっとそうやって揉まれて生きてるんだなと考えが行き着いた。

 

ありがとうメールひとつで、彼女もわたしも同じなんだと思った。

 

これからもありがとうってちゃんと伝えていこうとも思ったり。

 

でもなんで送ってきたんだろって考えたら、わたし連絡ノートに「何かあったら何時でも構わないのでメールください」って書いてたことを思い出した。

 

もしやそれでメール送ってきたのか?

 

よくわからないけど、まぁもうどうでもいいや。

 

頭の中をお局でいっぱいにする人生は嫌だ。

 

 

当分は来月発売される摩天楼オペラのPANTHEON-partⅡ-の事だけ考えよう。

 

とってもかっこいいMVだ!

と思ったら山梨県のカフェテリア?くだもの館だったけど…

 

 

それにしても悩みが増えたな。

 

現職を辞めて新たな場所に行こうかと思っていたけど、どこに行っても誰かしら嫌な人はいる。

 

だったらぶつかり合えるお局に耐えるだけの現職を続けた方がいいのかなとか。

 

はぁー。

 

社会ってほんとくだらないことばかり。

 

でもそんな社会の一部なんだよな自分。

 

たのしい職場になることは無いけど、せめて争いのないクリーンな職場になるようわたしも色々努めたいものですね。

 

 それこそ地道にコツコツ築き上げるしかないのだろうけど、どこかに近道ないかなーって今日もまた考えながら摩天楼オペラに溺れたいと思います。

 

いやーしかしかっこいいわ

摩天楼オペラ

 

是非トレーラー見ておくんなまし٩(•ᴗ• ٩)

 

クソババア

本日出勤しましたら

 

嫌がらせかよってくらいのことが。

 

 

今日に至るまでの経緯を簡単に

 

 

・わたくしお菓子の発注担当者

 

・Kさん

休職中に補助してくれていた人

 

・先週末Kさんがお菓子の発注数をミス

1箱12個入を1箱注文するはずが、10箱注文してしまった。(本人は自分のミスだとは認めないけどまあそれはいい)

 

・お局始め、その他スタッフが慌てふためく

 

・休みのわたくしに出勤要請

 

・出勤

Kさんとは入れ違いで会えず

 

・皆さん(K氏除いた3人)全員でK氏の悪口

 

・ふつうじゃない

・頭おかしい

・やめればいいのに

みたいな事を言ったり、このお菓子どうするの?って何故か責められるわたくし

 

・手のひらサイズのお菓子を10箱頼んだくらいでなにギャーギャーいってんのって思いながら上の人に連絡

 

・売ってくださいとしか言われない

まぁそらそうなるわ。

 

・POP作成

同情を煽るように

「オススメ過ぎて発注し過ぎちゃいました。助けてください(;_;)」みたいな。

 

実際それで早速買ってくれるお客様がチラホラ。

 

・次の出勤日(2日後)に出勤したらPOPの部分をズタズタに切り落とされていた。

 

・めげずにPOPを作成→貼る

 

・次の出勤日→ぐしゃぐしゃに捨てられる

 

・めげずにPOPを作成→貼る

 

・「なんでミスを公表するの?」って感じのメモをわたくしのお菓子ファイルに貼られ、POPはこれ見よがしにゴミ箱にぐちゃぐちゃに捨てられてる
f:id:Rxxx13:20171007200429j:image

腹が立つというか

頭おかしいのテメェだろババア

って気分になりました。

 

仕方ないので丁寧に御返事書いたお

 

ミスを公表しているわけではないこと

ミスを隠す意味がないこと

ミスをミスで終わらせないこと

ピンチをチャンスに!と同じで、公表することによってその商品に注目が集まり、購買意欲(同情を誘い)を持たせる。

今時の小売業界はミスをも売り上げに繋げるのが当たり前。

実際、そういった一見マイナスのようなPOPでもSNS社会ですよ。

面白いなとか、あらまあ、たいへんねー、ってそんな軽い気持ちで写真撮ってアップしてくれればこっちのもんなんすよ。

 

発注し過ぎた→ミス

ミスしたけど売りきった→評価に値する

 

今も昔もマーケティングとして有でしょ?

 

何度も剥がして捨てられてもこれからも作成しては貼ってやるからなババア!

 

 

んでもって少しでも減らすことを考えるなら1回出勤したら1個買えばいいじゃん。

 

馬鹿なの?おやつの時間あるだろ?

 

わたくしなんて本日2個も買ってしまったわ。

 

理由は単純

 

早く売りきりたいのと

普通に美味しい!

 

食べたこともないくせに

こんなの売れないってうるさいんだよ!

 

食べてから言えババア!

 

ってもう頭に来るからもう1個残ってるチョコ食べよ。

ドイツ→イギリス?→日本

昨日は恩師さんと

ドイツ料理?

ウインナーとかなんとかサンドとか

食べてキタ━━ヽ(´ω`)ノ゙━━!!

 

 

焼きとボイル両方
f:id:Rxxx13:20171004193633j:image


なんとかサンド2種類
f:id:Rxxx13:20171004193647j:image

普通に美味しかったヽ(*´∀`)ノ

 

ウインナーもベーコンもなんとかも美味しいって素敵だわ。

 

 

残念ながら食レポとか出来ないのでシンプルに言いますね。

 

 

うまい!

 

 

ウインナー買って帰れば良かったなと本日の朝ごはんのウインナーを食べながら思った魔物であった。

 

 

んで

 

カラオケ行って

何故か摩天楼オペラ甲府セトリ順に入れられるという悲劇。

 

苑さんにはなれない

 

 

でも摩天楼オペラの動画を見せたら「かっこいい」と言ってもらえたので満足。

 

 

からの

まったり喫茶
f:id:Rxxx13:20171004193934j:image

ロイヤルミルクティーは正義です。

 

ドイツ→イギリス?→

 

日本
f:id:Rxxx13:20171004194027j:image

やっぱ黒蜜派ですわ。
f:id:Rxxx13:20171004194103j:image

いつも通り行き当たりばったりな会話ですが、お父さんくらいの方と普通に会話が出来るって嬉しいものですね。

 

上からな感じが全くないってすごいと思うんだ。

 

でもやはり経験値が違う。

 

質問というか疑問を投げかければ諸説ある話のひとつとか必ず答えてくれる。

 

わたくしもそんな人になれるかしら。

 

物知りさんは楽しい。

 

人間ってどっから現れたのかとか

いつから違う言語を話していたのかとか

どの時点から顔立ちが変わったのかとか

まあそんな普段誰にも聞かないような事を投げてみたのですがね。

 

職場でそんな話しないし

友人や彼氏にだってそんなこと聞かない

 

聞こうとも思わないし

聞いたところで「???」って返されるだろう。

 

親に聞いたら多分壮大な物語を聞かされそうだから聞きたくないし。

 

恩師さんだからこそ聞ける疑問ですな

 

これからも疑問を溜め込んで投げつけてみたいと思いまうす🐭

 

 

そういえば
f:id:Rxxx13:20171004194933j:image

逆にご利益が無さそうな招き猫いた。

 

なんかこう

 

 

成金の香り。

 

 

次は肉祭か海老祭!!

 

たのしみだ( ・ㅂ・)و ̑̑

 

 

おいしいもの

おいしいもの

おいしいもの

 

 

 

 

 

 

 

あ、10月ですね。

 

あと2ヶ月で今年も終わりか。

 

年末の為にぼちぼちシフト増やすかな。

 

 

ギャラリー
  • 言葉が下手すぎてやり過ぎる
  • すきなもの
  • すきなもの
  • 面接
  • ぶらり旅
  • ぶらり旅
  • ぶらり旅
  • ぶらり旅
  • ぶらり旅